浅瀬でぱちゃぱちゃ日和

全部日記です。大学院でいろいろやってました。今もなんだかんだ大学にいます。

ふざけ癖を直したい:割と深刻な悩み

こんばんは。

今日はちょっと、驚く出来事があった。

昨年の11月からブログをやっているが、その中でも1位2位を争うサプライズ出来事である。それ関連でお話を一つ。

 

昨日の投稿について 

betweeeeeen.hateblo.jp

 昨日、森岡正博『生まれてこない方が良かったのか?』を題材にした投稿をした。毎日更新という性質上、またしても「浅瀬でぱちゃぱちゃ」にはなってしまったが、まあ思っていることは一通り書いたという感触ではある。「出会ってしまったことが不幸だとしても、またその人生を選びたいと思えるか」とか、そういう話をした。

今日の午前中は、図書館でのバイトがあった。基本的に暇なので、空き時間にブログのアクセス解析を開いてみた。だいぶ驚いた。普段はよくて一日「8」ぐらいのアクセスが、なんと午前だけで「26」になっていた。そんな読まれる要素あったか??

と思って慎重に調べてみたら、Twitterからのアクセスが多かった。そしてTwitterを開いてみると....... なんと、『生まれてこない方が良かったのか?』の著者である森岡正博氏から、引用リツイートされていたのである!!

これは正直、ビビったし、思わず笑ってしまった。森岡氏のヒョロワーは、なんと2万人である。2万の公衆に対して、僕のブログが公開されたということでもある。僕の普段のヒョロワーは58人であるので、その数は300倍に近い(ちなみに、いつでもRTや広報は歓迎です)

 

本題はここから。昨日の記事、確かに普段よりアクセスは伸びたのだが、4000ものインプレッションを獲得したにもかかわらず、訪れた人はそこまで多くなかった。具体的な数字を出すと、新規アクセスは24のみであった。

本の著者(フォロワー数2万)からリツイートされたのに、新規で訪れたのはたったの24のみ。この要因の一端は、簡単に理解することができた。それは、僕の元ツイートが、意味不明なことを口走っていたからであろう。

どうでもいいけど、僕の姪は米津玄師と誕生日同じらしい

 

なんで姪の話をした??

 

これは本当に、理由はわかりきっていて、それは昨日の記事の内容が暗かったからである。僕の失恋談なども匂わせており、内容としても歯切れが悪かった。そこで、暗さやセンチメルタルさを濁すために、全然関係のないことを口走り、ネタツイートに走ったのであった。

非常にどうでもEことを話すと、昨日のツイート本文候補は他に2つあった。最初に思いついたのが、全く関係のないハッシュタグを付けるというもの。当初、昨日の投稿には、#新垣結衣 #椎名林檎 #青山テルマ というタグを付けて投稿するつもりだった。が、さすがに意味不明すぎたのでやめた。

次の候補は、昨日の記事がセンチメンタルなものになっていることと掛けて、ただ一言、「秒速5センチメンタル」と呟くものであった。ただこれも、意味不明な上に、検索してみるとすでに言っている先人がいた(「秒速5センチメンタル」という、にゃんこ大戦争のステージがあった)。で、二番煎じということで、このネタもボツになった。ここまでで15分ぐらいは悩んでいる。

結局、血迷ったあげく、姪と米津の誕生日が同じという話をした(そして二人はちょうど30歳差)。のだが、、、この三つに共通しているのは、どれもふざけているということである。記事の暗さを茶化すために、ネタに走った。なんとなくこの辺の重圧に耐えきれなかったのである。

僕にはどうも、「茶化し癖」というか、「ふざけ癖」みたいなものがある。真面目一徹に取り組むのが嫌なので、どこかでアイロニカルな視点を入れたり、構造を「ネタ化」する癖があったりする。これは前にやっていたバイトでもそうであったし、大学の研究などでもそう。他には例えば、↓は僕が学部4年の時に作った、法哲学ゼミの紹介ポスター。

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なぜイタチを起用した??

ちなみにこのポスター案は、速攻で却下された。まあ、そうだろうなとは思った。こんな感じで、どこかで「おふざけ癖」を出してしまうのである。主流派からあえて外すのが面白いだろ的な、そういう発想が根底にある。意識的にも無意識的にも、真面目な場面でついこれを出してしまう・

そしてこの癖は、直近の就活でも発揮された。この間、企業から課されたWebテストを受けてきたのだが、その中で、国語・数学・英語に加えて、現代社会(時事問題的なもの)があった。国際情勢や経済状況に答えるという内容だったのだが、日本の時事に関連して、「2020年のM1の覇者は誰か?」という問題があった。

僕はこれ、率直にわからなかった。「なんとかラブリー」というところまでは出ていたのだが、どう頑張っても「ラブリーサマーちゃん」しか浮かばず、結局のところ、笑い飯と答えておいた。絶対に違うということは分かっていたのだが(笑い飯は2010年の覇者である)、なんとなくおもしろを重視して、こう答えてしまったのでる。

そして続く問題で、「2020年に亡くなった、アルゼンチンのサッカー選手は?」というものがあった。なんとなくで「メッシ」と答えてしまった。彼は僕の中で死んだことになっている。これもおもしろ重視で、「メッシが死んでるわけないだろ!」というツッコミ待ちである。正直、ジダンと回答するか迷った。

 

この2点について、ふざけて回答するメリットがあったかと言えば、全くそうではない。むしろ、就活のWebテストであるので、この2点で「常識がない」と判断されて、落とされる可能性も多いにある。「笑い飯」はさすがに、ふざけていると見なされてもおかしくない。

にもかかわらず、僕はどうしても、「ふざける」ことを選んでしまうのである。内定を失うことすら考えず、目先の、誰の役にも立たない「おもしろ」を追求してしまうのである。これは、なぜなのか、、、自分でもよく分からない。

正直な話、おふざけを入れないと、うまく呼吸ができないのかもしれない。ひたすらに圧迫感を感じてしまうのである。だから、真面目そうな内容であっても、どこかにお笑いポイントを作ったり、おふざけ要素を入れてしまう..... 読んでいる人を楽しませたいとか、真面目一徹じゃつまらないとか、多様性を生み出したいとか、すべて安い言い訳に過ぎないのかもしれない。本当は、ただ単に、僕が真剣さの重圧に耐えて切れいていないだけ、なのかもしれない。

それは「就活」などの真面目な場面では、命取りになることもありうる。本当に、内定を拒否されてまで、無職になってまで「おもしろ」を追求したいのか? ということが、本日、悩んでいたことの一つです。どうにも、どこかに「ネタ」を挟んでしまうこの心境、これが個性なのか、はたまた病理や悪癖であるのかは、考え直す必要のあるとこですね。

 

以前にも少し、「ネタ」や「あそび」の話をしたと思う。今のインターネットはどうにも息が詰まりそうなので、もう少し心の余裕だとか、「イースターエッグ」的要素が必要だという話ですねこちらでしました)。この考えは、今でも変わっていない。

ただ、今回の森岡案件のように、それによって本来呼び込めたであろう読者が減っていたり、あるいは就活において、かなり不利なように働いていたとしたら、、、少しの「おもしろ」と、それを選ばないことによって見えていたはずの将来性。両者を天秤にかけるのなら、自ずと答えは見えているはず、なのだが、僕はなぜふざけ癖を捨てきれないのだろうか、、。(なんでなんでしょうね)。

就活の軸としては、「自分らしさを曲げない」ということも掲げている。僕のこの、おふざけ・ユーモア・ちょっとしたおもしろは、僕自身の「らしさ」でもあるのだろうか。だとしたら、それはできるだけ、引っ込めたくない。難しいところですね。全く関係のない姪の誕生日の話をするような、そういう感情を、どこかの企業がおもしれえと思ってくれれば幸いなのだが、そう上手くことが運ぶことはねえか。

 

そんな感

じです。今日はアルコールを摂取していることもあり、いつも以上に考えがまとまっていないかもしれない。そこは堪忍してください。

言いたかったことは一つだけ。それは、「おふざけ癖を直したい。なぜなら、今後自分にとって不利に働くかもしれないから」ということです。僕は、真面目さの重圧に耐えきれず、茶化しで逃げるところがある。それを是とするか非とするかは、今後も悩ましいところですね。

 

今日はあんまり面白く書けた自信がないので、いま断トツにおすすめの曲でも貼っておきます。これも、重圧から逃げる策の一つやね。


[Official Audio] HYUKOH(혁오) - Graduation