浅瀬でぱちゃぱちゃ日和

全部日記です。大学院でいろいろやってました。今もなんだかんだ大学にいます。

「闇の世界」と我々の日常:入管法改正に思うことなどなど

こんばんちは。

 

皆さん、、感じてますか?

 

 

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ティーチの闇でっか

 

僕は近頃、入管法出入国管理及び難民認定法が改正されるとのニュースを見ました。入管法というのは、日本にやって来る外国人について、あれこれとチェックするものです。具体的には、ちゃんと在留資格持っているかだとか、不法入国してないかだとか。名前の通り、外国人の「出入国」の管理をしていて、他にも難民認定などをここがやっています。

で、日本における入管の事情って、長いこと左派の間では問題視されていたんですね。一言で言うなら、「外国人の人権があまりに軽視されている」ということで。特に、入管の収容施設*1については、職員による被収容者への虐待など、度々問題が指摘されており、「いかに日本の入管がやべえか」ということについては、何冊か本も出ている。

 

ルポ 入管 ――絶望の外国人収容施設 (ちくま新書)
 

 ↑今読んでいるもの

 

日本の入管、ないし外国人労働者技能実習生など)の実態がヤベえということについては、僕も以前から知ってはいた。2018年に収容施設で自殺者が出たときには、結構話題にもなっていたので。で、今回入管法が”改正”されるとのことを、人づてに聞き、GWの初めごろに確認してみた。

そしたら、思ったよりもガチやべえ闇の世界が広がっておりました。本当に、日本の入管とか、外国人への取り扱いって、深い闇が広がっているんだなと。あまりに外国人(不法滞在者)への人権的配慮がなくて愕然とした次第です。

 

で、今日はまあ、こういうこの社会の深い闇を見たときに、我々はどう行動をするべきか、という話です。日本は経済的に豊かだし、治安がよくて安全な国ではある。のだけれど、その背後には確かに”ダークサイド”も存在していると思います。過労死の問題とか、職場・学校のいじめはその一つだし、まあ他にも色々あるかもしれない。

ただ、個人的には、入管の収容所や技能実習制度など、比較的弱い立場にある外国人に関する問題が、飛び抜けて闇が深えと思っています。この領域、「本当にここは法治国家か?」という所業が平然と罷り通っているために。

 

そんなわけで、今日は政治的問題に口を突っ込む回になります。もちろん、そこには抵抗もある。このブログのコンセプトは、 読んでる人にささやかなハピネスを であるので(ほんとか?)、こんな政治的題材を扱うことが適切であるのか...... ただ、近頃はこのことばかり考えているので、ちょっとぐらいは書いてみたいと思います。

保険をかけて言うけど、書いてあることは全部日記です。ので、そんぐらい軽く身構えて読んでもらえれば幸いです。

(あと、長いので、最悪最後の「闇の世界と我々の日常」だけ読んでもらえれば良いです)

 

  

入管の闇

今回書こうと思っていることは、全部で3点ほど。一つ目が、現状の収容施設の問題について。二つ目が、今回の法改正のポイントなど。三つ目が、こういう政治的問題に、我々はどう向き合うべきかという感じです。冗長なところもあるので、適宜読み飛ばしてください。

 

ウィシュマさんの件

今年の3月の初めに、名古屋の入管(不法滞在者の収容施設)で女性が1人死亡しています。この女性は昨年の8月に収容所に入り、今年1月頃から体調が急激に悪化。この時点で収容時から体重が12kg近く減っていたとのこと。立って歩くのも困難になり、移動は車椅子。食事をしても吐いてしまう生活が続き、家族との面会時には、車椅子にもたれかかって、口からは泡を吹いていたとのこと。2月中旬以降はほとんど寝たきりの生活になってしまった。体重はさらに減り、収容から7ヶ月で20kgの減少。

2月に病院で医師から「点滴が必要」との診断を受けるも、「時間がかかる」という理由で、入管側が拒否。3月にも一度病院に行き、CTスキャンなどの検査を行うも、治療はなし。その翌々日、居室内で死亡しているのが発見される。明らかに栄養失調による衰弱死に見えるが、入管側の説明としては、「死亡の原因は不明」とのこと。いまだ詳細は究明されていない。

 

news.yahoo.co.jp

↑こちらが詳しい。

で、今回亡くなられた女性、まだ33歳だったんですよね。高齢者が栄養失調で.....という話なら、まだわからんでもないんですよ。ただ、今回の件では、若くて健康的な女性が、収容からたったの8ヶ月ほどで死に至っているというのが、本当にやばい話だと思っています。特に、この発展国において、死の寸前まで適切な医療を受けられなかったことと、入管側が死亡の理由を「不明」としているところがヤバいです。

 

d4p.world

↑こちらなども参照。

なぜこんなことになったのかについて、一応入管側の理屈も、思いつくことは思いつく。というのも、入管は不法滞在者を「収容」しているわけだけれど、仮に彼らが病気などを患った場合には、人道上の配慮から、病院に行かせる必要がある。そのために、「収容」を一時的に解くことになる(いわゆる「仮放免」)。

で、病院に行けば、入管の目が遠のくので、脱走や逃亡がしやすくなってしまう。あと、もしかしたら病院生活の方が、収容所より自由が利くかもしれない。そんなわけで、なんとか病院に行こうと、体調不良を捏造する者がいるかもしれない。あるいは、自発的に栄養失調を起こすために、絶食やハンガーストライキに及ぶ者も出てきうる。そんな所業が常態化すれば、もちろん入管側は困る。

ので、入管側としては、簡単に「病院行き」を認めたくないのかもしれない。体調不良を訴える者についても、仮病の線を疑い、拘束や監視の目を強めているのではないか、という話。

入管からすれば、「30代の女性が、急に衰弱死するわけがない。仮にこれが本当なら、それは自分自身で意図的に起こしたものだ(自己責任だ)」というロジックになるのかもしれない。だとしても、細かい原因解明は必要であるし、人が死んでいるのは相当ヤバいことだと思いますが。

 

なぜ「収容」されるのか

上記の件は、名古屋の収容施設で起こった問題である。そしてウィシュマさんの件が飛び抜けて例外的というわけではなく、類似する問題は度々起こっている。

そもそも「収容所」とか「収容」とかは何なのか、という話について。

基本的に、我々が持つ権利のうち、「生命・身体の自由」についての権利は、より根幹的で重要なものとされています。人権の中には、諸々の自由権だったり社会権が含まれるわけですが、それらのどれも、根本となる「生命・身体の自由」が確保されてこそのものなんですよね。表現の自由にしても投票権参政権にしても、不当に身体を拘束されていれば、守られようがないという話。

だからこそ、生命・身体の自由を制限する上では、非常に慎重な手続きを踏む必要がある。これに制限をかければ、同時にその他諸々の権利も失われることになるので。

とはいえ、「身体の自由」は、絶対的なものではない。この制限がかけられる一例に、刑事犯の処罰というのがある。「懲役何年」という言い方に見られるように、重大な犯罪を犯した者については、行動の自由が制限されて、牢に入れられることになる。ただ、これはあくまで重大犯罪に限った話であって、しかも初犯では禁固や拘留がないということもある。

で、入管の「収容」に目を向けると、重大犯罪でもないのに、かなりの程度身体の自由が奪われている。しかもこの場合、刑罰における禁固・拘留と違って、収容期間に上限の定めがない。重大犯罪ですら、何年何ヶ月と拘留期間の定めがあるのに対して、入管にはそれがなく、いつまで収容されるのか本人もわからない。「身体の自由を奪う」という、最も慎重になされるべき行為を、平然と行っているという話ですね。

で、そのような「収容」は、なぜ行われているのか。一言で言えば、彼ら・彼女らが「日本にいてはいけないから」ということになる。収容所に入れられる外国人は、正規のビザを持っていなかったり、入国許可を得ていなかったりの、いわば不法滞在者である。滞在が不法である以上、この国から追い出し、彼らの自国に送り返さなければならない(もし合法に滞在したければ、正規のビザや永住資格を取るか、日本に帰化することが求められる)

とはいえ、今日の不法滞在者を、明日自国に送り返しましょうというわけにもいかない。飛行機の手配などもそうだが、不法滞在者をすぐには送り返せない様々な事情が存在するからだ。

例えば、当該外国人が、単なる不法滞在者ではなく「難民」に該当するならば、日本で保護しなければならない。その難民認定の手続きには時間がかかるし、その手続き中は、強制送還が行えないことになっている。他にも相手国から受取を拒否されたり、このコロナ禍では、そもそも飛行機が飛んでいないという事態もある。あとは、不法滞在している外国人が、自国に帰ることをかたくなに拒否し、いつまでも日本に居続けようとする「送還忌避」の問題もある。

彼らが不法滞在者であることに変わりは無いので、日本社会に溶け込ませるわけにはいかない。そこで「収容所」の出番である。相手国に送り返したくてもそうできない人たちを、それができるようになるまで「収容」しておこうという話になる。

 

収容所の問題は本当に「問題」なのか?

先ほどはウィシュマさんの件など、収容施設の劣悪な待遇を問題視した(他にもいろんな問題の声は挙がっている)。が、それに対して、次のような反論もありうる。すなわち、「そんなに日本の収容所が嫌なら、自分の国に帰ればいいじゃん」というもの。つまり、収容所の問題というのは、結局「収容される者」の問題であって、収容する側の日本には、特段問題はないという話である。

そもそも、なぜ彼ら・彼女らは、収容所に拘束されているのか。理由の一つに、日本に不法に滞在していることがある。そしてもう一つに、彼ら・彼女らが、自国に帰ることを拒否していることがある。

ウィシュマさんの件では、第一に彼女は在留資格の期限が切れていた。最初は英語学校の講師として来ていたが、定められた在留期限を過ぎてしまったのである。第二に、彼女自身、自国のスリランカに帰ることを拒否していた。なぜかといえば、当時付き合っていた男性からDVと脅迫を受けており、「スリランカに戻ったら、仲間に殺させる」と脅されていたためである。他にも、コロナでそもそも飛行機が飛んでいなかったとか、彼女自身、日本に留まることを望んでいたなどの事情もあるとのこと。

そうなると、たとえ収容所で痛い目を見たとしても「それは自己責任だ」との主張はありうる。在留資格が切れていたことが悪い、あるいは自国に帰ろうとしなかったことが悪いとか、あとは「自分で日本に留まることを選んだ以上、どうなってもしょうがない」など。実際、YouTubeのコメ欄などではこういう意見も多かった。

とはいえ、これらの意見ついては、個人的に思うところも多い。一番思うのは、仮に自己責任論を採ったとしても、在留資格が切れるという「罪」が、無期限に行動の自由を奪われるという「罰」に見合っているのかということ。繰り返しになるが、窃盗や傷害など、明確に「被害者のいる」犯罪であっても、犯罪者の人権は法によって守られている。抑留にも期限の定めがある。

それに対して、定められた期間を過ぎて日本に滞在するということが、たとえ犯罪であるにしても、上記のような拘束を正当化するものでありうるのか。特に、こちらは傷害罪などと違い、「被害者のいない」犯罪である。それについて、窃盗や傷害以上に自由を奪い、人権を侵害することが許されるのかは、個人的にかなり疑問が残る。

 

というわけで、「収容所にいる者たちは、不法滞在という罪を犯しているため、たとえ酷い目にあっても自己責任である」という意見については、「確かに彼らの過失を指摘することは可能ではある。が、果たしてそこにおける罪とは、ここほど広範な自由の制限を正当化するものであるのか?(いやそうじゃない)」というのが、僕の思うところです。法治国家ですので、も少し人権への配慮をするべきだと思います。

 

今回の法改正について

近々、入管法が改正されるらしいです。噂によると、入管法の改正案が、明日(5/7)にでも採決されるのではということ。

で、その改正内容も、なかなかというか...... 一言で言えば、「退去を渋っている不法滞在者を、もっと簡単に強制送還できるようにする」っていう感じの改正です。

 

www.moj.go.jp

↑こちらを参照

日本政府の態度としては、「自国に帰れない正当な理由のある”難民”については、適切な保護を図る。そうではない”不法滞在者”については、きっちり国に送り返す」というものっぽいです。

日本で難民の認定率が高いなら、まだわからんでもない内容なんだけれど、実際には日本の難民認定率はひじょ〜〜〜〜に低い(他の国がだいたい20~50%程であるのに対して、日本はわずか0.4%。ので、これが通ったら、「国に帰ったら拷問の末殺される危険性のある者でも、日本に居させるわけにはいかないので、やっぱ国に返します」ということになりかねない。これは人道的にもやべえことだと思うし、あと単純に国際法の原則や難民の地位に関する条約に違反することも指摘されている(ノン・ルフールマン原則など)*2

上述の改正案は、強制送還の問題以外にも「ヤバない?」と思うところが多い。実際に上記のリンク先を読んでもらえれば分かると思うが、驚くほど「人権」というものへの配慮が見当たらない。さっきも書いたけれど、「生命・身体の自由」にかかわるところは、人権の中でもかなり根幹的なところで、そこへの配慮は、いくらしすぎてもしすぎることはないぐらいだと思います。にもかかわらず、いかに「強制送還するか」というところばかりが強調されていて、犯罪者を追い出すことしか考えてないんだなという感じ(これも繰り返しになるけど、重大犯罪者に対しても、もう少しマシな人道的配慮はなされている)。 

他にも、人権に抵触する行為について、裁判所を介在させないというヤバさが存在しているのだけれど...... ちょっと書くの疲れてきた長くなってきたので、その辺はリンクだけ置いて飛ばします。すみません。各自見ておくべし。

 

www.moj.go.jp

↑入管側が用意した、よくある批判への応答

 

news.yahoo.co.jp

migrants.jp

↑それに対する、改正反対派からのさらなる批判。両方読むべし。

 

 

闇の世界と我々の日常

すみません、あの、、、どちらかというと、ここからが本題になります。

僕は今まで、動物倫理やらフェミニズムのあれこれに口を出しては来たけれど、ここまでダイレクトに政治問題に言及するのは避けてきた。というのも、誰だって自分の日常生活に政治問題を入れたくはないだろうし、そもそもそんなこと考えたってハッピーにはなれないし、、、 Twitterの「政治垢」の胡散臭さとか、自分が政治的発言をすることのリスクとか、僕もそれなりにわかっているつもりです。

ただ、今回については、ここまで闇が深えとなると、さすがに何か言うべきだろうなと思いました。ちなみに、闇が深いというのは、「人権侵害がさも当然のようにまかり通っている状態」のことです。特に、30代の女性が病院にも行けず衰弱死している現状があるのに、さらに人権への配慮無き法改正を推し進めるというのが、本当にヤバいと思いました。

 

で、我々は一応、民主主義社会に生きているわけですね。ここから説教くさくなりますが、民主主義社会というのは、主権が国民にあって、「我々の問題は我々が決める」という社会なわけです。

ただ、現状、本当に「我々」が我々のことを決めているかというと、かなり怪しいところはある。そもそも、一般的な国民は、日夜仕事にプライベートに忙しくて、政治参加する余裕はない。しかも現代の政治的問題は、技術的にも経済的にも、一般国民に理解できないものになっている。だから、素人の自分たちが口出しするより、専門家に任せた方が安心ということになるし、日々のあれこれの問題も、なんか積極的にやってくれるおじさんたち(政治家)がいるから、もう彼らに任せちゃおうぜってなっている、気がする。

結局は代表制の民主主義なんで、まあ別にそれでも悪くはないと思うんですよ。無関心でいたほうがハッピーに過ごせるし、我々の日常的生活は日々のあれこれでいっぱいいっぱいだし。

ただ、もしそうするなら、自分たちの”政治”を代行している人間がやべえことやってないかとか、しっかり監視する義務が我々にあると思うんですよね。やべえことやってたり、闇の世界を創造してたりしたら、ちゃんと我々が「ストップ」と言わねばならない。これは右派にとっても左派にとっても同じことで、民主主義社会に生きる我々は、闇の所業に対しては”民衆”の力を用いて、権力を統御しなければならないという話です。

だから、日常的に政治的意見を持てとか政治的立場を明確にしろとか、そういうことは言わないけれど、その代わり、ガチやべえことやってんなって思うことについては、ちゃんと声を挙げて反対する、それぐらいの義務が、我々にはあるように思います。だって、一応は国民主権の民主主義社会なんですし、、、

 

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

 

↑ 読んでないけど、いいタイトルだなって思う。

 

そんなわけで今日は僕も、「闇の世界」の告発をしました。これによって、誰かしらの何かしらが動いてくれれば嬉しいです。日本の入管事情、調べれば調べるほど「闇」が深いので、、、 まだ大学にいる若き学生たちは、ぜひ移民政策系の授業を取って見るべし。

 

 

以上

 

あと最近は、動物倫理をやることにより、人権意識が非常に高まったように思います。みんなも動物倫理、やろう。

 

betweeeeeen.hateblo.jp

 

そんな感じです。最後まで読んでくれた人には、圧倒的感謝。

 

 

 

*1:(ビザが切れる・あるいは不法に入国したなど、日本への滞在資格のない外国人を収容する施設のこと。こうした不法滞在者は、その者の国へ送り返すことになるが、明日にでもすぐというわけにもいかない。ので、一度こうした施設に「収容」することになる

*2:

出入国管理及び難民認定法改正法案に反対する会長声明|第二東京弁護士会などを参照。読むべし。