浅瀬でぱちゃぱちゃ日和

全部日記です。大学院でいろいろやってました。今もなんだかんだ大学にいます。

カスの自己分析:就活観を振り返る

こんばんは。

 

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前回の投稿中に食べ残したバナナが、いつの間にかこんな色になっていました。がん黒バナナ。時の流れの恐ろしいことよ。

僕のブログもこうなると怖いので、あんま書くことないけど、さすがに更新します。鮮度を保つために近況報告をする。雑に書きます。

 

最近の悩み

相変わらず就活がしんどい。

この間、なんとも恐ろしい事実に気付いた。僕がしゅうかつで企業様に提出しているエントリーシート、なんと通過率がゼロパーセントであった。Webテスト受かって面接までこぎ着けたところはあったけど、書類を出しているところは、悲しいことに全滅していたのである。そんなに僕のESが怖いか?

で、最近の僕は「なぜ自分はこんなにも就活が嫌いなんだろう」と考えて、悶々としている。就活があまりにも楽しくないので。

将来のことを考えると、職を得たいというのには間違いがない。それもできるだけ、日々余裕ある生活を送れるような職業につきたい。で、それを叶えるための手段が、なぜに「就活」しかないんだろうと。お金稼いで、それなりに充実した生活を手に入れたいだけなのだが、そのための必須ルートがほぼ「就活」のみとなっているのは何でなんだろうと、そんなことを考えている。

ほとんど一本道なわけなんですよ。「それなりの暮らし」村にたどり着くための道が、暗く長〜〜〜い「就活」トンネルしかないような、そんな気持ち。もっと色々、海路とか空路とか、他の道もあっていい気がするのだけれど、現状はあまり見当たらない。あってもより厳しい道ばかりである(仕方ないか)。

で、そんなことを思うと、自分は、「○○社で働きたい」という明確なビジョンを持っているわけではなく、なんとなーく「安定した生活を送りたい」ってだけなんだなと。働くことについて、曖昧な構想しか持っていないんだなあと思う。村にたどり着くための手段に「就職」があるだけで、そこ自体に強い希望があるわけではないという。

そうなると、就活の実践は非常に具体性の欠けたものとなる。結果的にそこそこの暮らしさえできれば、会社とかどこでもいいということになるから。リクナビで片っ端からプレエントリー爆撃するとか、そういう事態を呼び寄せてしまう(これはよくわからん企業からひっきりなしに電話がかかってくることになりかねないので、よくない)

 

でもさ、、、

こっからは『カスの就活観 part3』になるけど、みんなそんなもんじゃないの? とも思う。誰しも、その企業に巨大な熱意を捧げているようで、実は「どこでもいい」と思いながらやってるんじゃないの? 大してその企業自体に興味があるわけではなくて、そう見せてるだけなんじゃないの? みんなそういうもんだと思っていたけれど、実際どうなんでしょう。

例えば、企業の説明会に行ったとする。すると座談会とかQ&Aタイムで、必ず、

「この仕事をやっていて、一番の喜びは何でしたか?」

とか、

「この仕事で得られた一番の経験(成長)は何ですか?」

などと、質問される方がいる。

僕はそのたびに、

「お前それ本当に聞きたいんか? 聞いてどうすんだ? ちゃんと明日まで覚えてるんか? それともお約束として尋ねてるだけなんか?」

と思っておりました。

質問タイムに、自分の存在感をアピールするためだけに発言する(聞いてもどうしようもないことを聞く)のは、お互いにとって生産的なことではないし、なんなら時間の無駄ですらありうるから、礼節としてどうなの? とも思う。会合なんて早く終わるに超したことはないんだし。もちろん、本当に聞きたいことがある場合は別だけれど、そうではなくて、尋ねなくていいことも無為に尋ねて、いたずらに時間ばかりを引き延ばすのはどうなんでしょうっていう。社会的な良識としてよくないんじゃなかろうか。

で、よくわからん真面目さを見せる学生に会う度、そう思っていた時期が、私にもありました。

ただ最近は、みんなそんなこともないのかなあと思い始めている。

他の就活生はきっと、僕とは違って、「この会社がいい!」という強いビジョンを持って就活してるんだろうなあって。だからこそ、そこで生きる人の生の感情(喜びや経験)が気になるし、それを聞くことによって、働いてる姿のイメージがますます強まるんだろうなあと。「それ聞いてどうすんの?」っていうのは、よっぽど心の捻くれた人間が持つ疑問であって、多くの人びとは、もっとピュアな気持ちで就活してるピューリタンなんじゃなかろうかと。

そのあたり、どうなんでしょう。みんなやっぱ、「聞きたいから」聞いてるのだろうか。よくわからん。

説明会での定番質問の一つに、「○○さん(社員の方)は、学生時代、どんな軸を持って就活をしていましたか?」というのがある。これは内定を得た学生へのインタビューなどでも、頻出する質問である。

こういうの、どうしても、自分が答える側になったときの妄想をしてしまう。もし自分の就活が一段落した後、目をキラキラさせた就活界のパダワンたちに、「どんなこと軸を持って就活に臨みましたか!」と聞かれたら.......

 

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「就活の軸?」

「そんなもの ウチにはないよ.....」

 

と答えてしまいそうである。そんなやつに質問してはいけない。

 

カスの就活観part3

僕の今の就活観は、こんな感じです。

①働きたいという願望はあり、

②そこそこの職を望んでいるのに、

③職業内容への具体的ビジョンは全くなく、

④それが万人にも当てはまる状態だと思い込み、

⑤「軸を持たない」自分を、就活界の誰よりも正直者だと思っている

 

①②はまあよいとして、③はよくはないし、④は酷くて、⑤は救いようがないですね。真面目に就活やっている人を馬鹿にしてしまっているし、自分のことも「こんなもんでしょ」と妥協させてしまっている。これがカスの自己分析です。参考にすべし。

 

悩んでいます

本当に就活、楽しくないんですよ。強く惹かれる会社があるわけでもないし、絶対入りたい企業があるわけでもなし。とはいえ、そこそこの暮らしを手に入れるためには、やはり通らねばならぬ道で、そのためにESも出すけれど、落ちる度に虚無感に襲われる。

ESだって、出す以上は「私はあなたの会社に強い興味を持っていますよ!」という、それなりの本気度を見せる必要がある。ただ、それを「見せる」のは結構大変なことだし、準備に時間はかかる。そしてもし落とされたら、また振り出しからやり直しである。華氏451度にも達するような一世一代の志望書も、現状では到底書けそうにはない。もう、よくわからん。まあぐだぐだ言ってもしょうがないのでやるんですけどね!

繰り返しになるけど、「安定したそこそこの生活」への道が、現状、就活という暗く長いトンネル以外に見えていないのが、個人的にはよくないよなあと思っている。まあそれもしょうがないんかな。

ちなみに、ここでの「就活」というのは、

リクナビ覗く→プレエントリーする→説明会に出る→ESを書く

→面接を受ける→Webテストも受ける→ご縁がなくてお祈りされる→またリクナビに戻る→プレエントリーする

という、一連の不毛ムーブのことです。運良くサイコロで5か6の目を引いたら次の選考に進めるという、すごろくにしてみたらたいへん面白そうです。

 

就活すごろく、上がりはイタリア 上

就活すごろく、上がりはイタリア 上

 

検索したらこんな本もあった。 どうでもいいけど、『就活すごろく、上がりはリタイア』に見えて、だとしたらすごい皮肉が効いてるなあと思った。

 

ちゃんと自分の軸を持っていたり、対策ばっちりやっていれば、就活もすごろく化することはないと思うんですけどね。

もっと世の中、いろいろ楽しいことあると思いたいものである。”そこそこの生活”への道って、やっぱ「就活」じゃないとダメっすかね。今の僕にはこの一つの入り口しか見えてなくて、そこがなんともつらいです。しょうがねえか。そういうもんだもんな。

 

そういうもんだもんなあ........

 

どうなんでしょうね

 

まとめると、具体的なビジョンが見えないから、ESもなんか浮ついたことを書きつつ、「でもオレは自分に嘘ついてねえから.....」ってイキがってるのが、今の就活事情です。よくないとは思いつつも、何度も言うけど、誰しもそんなもんじゃないの? そんなことない? よくわからんなあ。一回怒られた方がいいのかもしれない。

 

そんな感じです。

 

明日はもしかすると、不採用通知が同時に二件来るかもしれない。1次通過の連絡が、同時に二個来る可能性もあるけど。どちらにせよ、前向きに、頑張ります。